読書記録 沢木とバルガス=リョサと

 少し前に、2冊の本を読んだ。それぞれけっこう分厚い。

一冊は、沢木耕太郎の「天路の旅人」。今一冊はマリオ・バリュガス=リョサの「ケルト人の夢」。

「天路の旅人」は戦中に中国大陸奥地からチベット、果てはインドまでを「密偵」として旅した西川一三という若者の「旅」の足跡を描く。まだ寒く、房総の土地でも思わず顔の皮膚がひきつるような氷点下の朝が続くような時期だったこともあり、厳冬期のチベットの景色がよく目の前に浮かんだ。

「ケルト人の夢」はロジャー・ケイスメントという19世紀から20世紀初頭に生きたアイルランド生まれの若者の「旅」の話。悪名高きスタンリーのスタッフとして、しかし未開の地を「クリスチャン」として啓蒙するという若き青き情熱をもって乗り込んだコンゴ。大英帝国外交官となって再び赴いたコンゴからアマゾン、そしてアイルランド独立運動へと続くロジャーの旅は、まだ肌寒かった季節にもかかわらず、熱帯のジャングルで引き起こされ、やがてロジャーをアイルランドナショナリズムに駆り立てていく引き金となる植民地支配の過酷さが発する冷や汗の出るような灼熱を終始感じざるを得ない読書であった。

二人が生きた時代はほんの少しだけ重なるものの、今日から振り返ってみる歴史的な背景はかなり異なる。それでも両者に共通するのは、若き青き「旅」への憧れ、そして運動のエネルギーである。私たちもかつてかくあった(ありたかった…)、という。しかし西川のその後は盛岡の化粧品店店主として日々厳密なルーティンを守る一生へ、ロジャーの後世はアイルランド独立運動の果てに待つ大英帝国への反逆者としての処刑へと、少なくとも表面上は大きく別れていく。ではロジャーを終生突き動かしたように、西川の「旅」へと向かったあのエネルギーは消えてなくなってしまったのだろうか。作家・沢木との盛岡の酒席を挟んで繰り返されたやり取りの末に、その答えがあったのかどうか…。

気が付いたら桜も散り、新緑の季節に差し掛かっていたが、寒い時節に寒さを感じながら、冷や汗をかきながら没頭した大著たちだったので、改めてご紹介。普通であれば並べて読まない組み合わせかもしれないが、「旅」そして「ちゃんと生きてちゃんと死ぬこと」をきちんと捉えた良書ですので、ぜひお手に取ってみてください。


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