ワガコトとタガタメの境

大塚耕平内閣府副大臣が日経ビジネスオンラインで「日本の『成長戦略』」について持論を展開。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100118/212272/

原口一博総務大臣がつぶやく。

「頂点の文化?一度、極めたら陥落がない地位?横綱…永世名人…事務次官…」

http://twitter.com/kharaguchi/status/9075892965

全然別のことを別の視点でとらまえているのでつながりはないのですが、この二つを眺めて自分なりに改めて感じたので整理してみる。

1.「最後は誰かがどうにかしてくれる」という雰囲気をみんな持っていないか。
2.「あの横綱はダメだ」とか「権力の権化である事務次官は・・・」と言うがその中ではみんながそれを目指す以外にインセンティブを感じない仕組みになっていないか。
3.その雰囲気と仕組みが、この国を覆っていないか。

誰かがどうにかしてくれて、上だけ見ていればいい環境は、一見ものすごく居心地がいい。でもきっと首が痛くなるよね。


よく国会議員の人は「国民への説明責任」とか「国民の目線で」など「国民」という言葉を言う。この場合の「国民」が僕にはなんとなく「YOU」に聞こえる。市議会とか都議会の議員がどうかは分からないし人にもよるだろうしアンケートなんかとってもみんな否定するだろうが、これはほんとは「WE」に聞こえないといけないんだろうと思う。「政治主導」はいいけど、主導する思考回路が「YOU」だとなにも変わらない。

お上が「YOU」の思考で物事を言って、決めて、指示してくれる、という雰囲気があるから「成長戦略」も「決めてくれない」になっちゃうし、会社のトップも大きいところであればあるほど自分のところの平社員に対して本音の本音で「WE」だと語りかけている人ってそんなにいないんじゃないか。

「WE」で語りだすと、それまでワガコト=「I」のことで自分のことばかり考えて垂直統合のロープを上ることしかインセンティブがなかった人たちが、ワガコト=「WE」のことに価値を見出せるようになる。そうすることでワガコトがタガタメを包摂する瞬間が来る。境目を超えて、ワガコトがタガタメになるのです。

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