人生で何番目かに長く濃い一日(留学渡航編②)

旅立ちの朝。
ターミナルへ向かうバスがちょうど出るところだったので、荷物を任せて乗り込む。昨日両親が持ってきた段ボール箱がひとつ追加されているので、事前に運搬されているいまだ出会っていない段ボール群と合わせるとすでに二人の手には余る量の荷物である。これから明らかになることだが、家族連れの赴任に際しては専門業者の引越しサービスを使うことを強くお勧めする。手間と費用をケチって受託荷物の範囲内で持っていこうとしたことを猛省するのである。

さて、バスは三階の出発ターミナルに止まる。僕は、事前に業者に預けた荷物は一階のカウンターまで取りに行かないといけないと思い込んでいた。その全部はとても持ちきれないということがあらかじめわかっていたので、前々日にポーターサービスというものを申し込んでいた。三階ターミナルに入ったとたん、左手のJAL ABCのカウンター横に見慣れたスーツケースと、妻の文字が書かれた例の段ボール群が目に入ってきた。

ポーターサービスは一階から三階まで何も言わなくても荷物を上げておいてくれるサービスのことを言うのか!

いとも簡単にチェックインカウンターまで10個を超える荷物が運ばれた。マイレージステータスに物を言わせ、グローバルクラブのカウンターをふたつ占領し、グランドホステスを2名も従えてのチェックイン作業は20分にも及んだが、エクセス15,000円で済む。すばらしきかな、日本航空。

一息ついていたところに、羽永太朗氏と奥様、ご子息が見送りに来られる。氏には諸々と本当に感謝である。ランデブーポイントのスターバックスでコーヒーを飲んでお別れする。ラウンジで妻の失業保険給付に必要な書類のコピーなど、ぎりぎりまでなにかに追われながら、12時間の空の旅へ。

あっという間にヒースローに着く。入国審査官は被り物をした女性であった。つつがなく審査を終えたと思ったそのとき、思わぬことを口にする。Confirmation of Acceptance for Study (CAS) のレターを出せ、と。CASレターがないとどうにもならない、入国はできない、などとのたまい始める。は?そんなのいま手元にないよ、預けた荷物に入っているけど。そもそもマニラの大使館の領事部のおたくの同僚にCASを提出したからビザが下りたんじゃないの?必要なら事前に行っておいてくれないと(あとから注意書きを見たら入国審査で出せるように持っておけと明確に書いてあったので、完全に僕の不手際)。などなど喉の手前まで抗議の文句があふれ出てきそうなのをぐっとこらえる。イミグレで喧嘩はご法度である。その場でしばし待つ。

これは、やばいかもしれない。

と、そのときはるか彼方のブースから別の審査官が飛び出してきて、こちらめがけて全速力で突進してくる。マジ?逮捕?レターが手元にないくらいでおかしいでしょ!!?いろいろなことが瞬間的に脳裏を巡る。と、私の10mくらい手前で急に立ち止まってこっちへ来いと手招きしている。あいつがなにかしてくれるのか?ええい、入国のためだ。こうなったらもうなんでもいいからやれることをやろう。

即座に命名してみた猪突猛進審査官(女性)についていくと彼女が担当するブースには日本人らしき男性が立っている。この人も同じ立場の人で、まとめて審査するつもりなのか?呼びつけた審査官が、Do you speak English?と僕に聞く。「は?(1回目)、まぁ、ここでやりとりするくらいの英語はできますけども、大学院は条件付入学なんだけどもね~」などとと心の中でつぶやきながらYesとだけ答える。そうすると、隣の男性を指差して、彼は英語ができないらしいから、あなた通訳してくれる?という。

は?(2回目)通訳?僕の審査じゃないの??そんなどこの誰かもわからない、英語がまったくできないのに、イギリスの会社と合弁でビジネスをするとかでこっちの空港まで来ちゃったおじさんの通訳を、でも典型的断れない性格の僕はボランティアでさせられているうちに、あっちから僕の担当者が戻ってくるのが見える。きれいな被り物が揺れている。僕のパスポートを握り締めている。どうやらCASの確認をしてくれていたらしい。あれだけ脅しまくっていたのに、「大事なレターは絶対に持っていなくちゃだめよ?」と最後はママみたいな口調になってスタンプを押してくれる。もうどうでもいい、早くここを抜け出そう。

ターンテーブル。運よくに壁際に立っていた赤チョッキを着たスタローン似のポーターを捕まえ、定価18ポンドのところ20ポンド握らせて素早く回転台を回る段ボール群を回収、レンタカー屋のバス停まで急ぐ。バスに10個を超える荷物を載せる。レンタカー屋のバスのオヤジも見かねて手伝ってくれる。

レンタカー。イギリスで借りるのは初めて。予約の紙を見せるとカウンターは混み合っていて、番号札を取って呼ばれるまで待つ仕組みなのだと、別のオヤジが教えてくれる。ネット予約の際にEreadyという、fast goingなサービスを申し込んでいたことなどすっかり忘れて、しっかり待つ。僕の番が来る。カウンターのお姉さんいわく、あらあなた、このサービスを申し込んでいたなら、番号札で待つ必要なかったのよ、ごめんなさいね、と懇切丁寧に労ってくれる。この国では、誰も教えてはくれない。自分で調べ、確認し、わからなければひとつひとつ聞いて理解して前に進む。イギリスが強い国であり続けている秘訣はこれか・・・。などと皮肉を行っているヒマはない。

出てきたバンはFord Transit。予約画面で見ていたものの1.5倍の大きさ。当たり前だけどもマニュアル。バックギアの入れ方が分からず、今度は車を出してきた南アジア系の兄ちゃんに聞いたところ、これをこうしてこうするんだよ、とThatIt以外はほぼわからん内容の説明をしてくれる。ギアは数字がさかさまになっていて、どれがローでどれがトップなのか分からない。それも聞くと、自分も分からないと平気で言う。そうか、じゃ、とりあえず乗ってみるよ、と人生初めてギアがどこに入るのか分からない車に乗ることになる。セカンドらしき場所をみつける。セカンド発進でなんとかなる。

車は、無事にM25に入り、ブライトンへ向かった。これまで生きてきた中で、最も濃い一日の部類に入る。そんな715日。取っておいたブライトンのホテルの駐車場が一杯で、想定の1.5倍の大きさのトランジットを転がしながら街中を三、四回はぐるぐる回って車を停める場所を探したこと、ホテルの部屋の床が明らかに傾いていてスーツケースが余裕で転がったことなど、いくらでも書くことはあるのだが、もう明日が来る。しばらくクラッチは踏みたくない。

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